秩父大火

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秩父大火(ちちぶたいか)は、1878年明治11年)3月22日に、現在の埼玉県秩父市(旧・大宮郷)で発生した大規模火災である。中町より出火し、市街地の中心部を広範囲にわたり焼失させ、寺社、家屋を含む多くの建物に被害をもたらした[1]

1878年(明治11年)3月22日午前6時30分頃[2]、大宮郷中町より出火した。乾燥した天候と密集する木造建築群により、火勢は瞬く間に拡大した。水利の不足と消火体制の未整備が鎮火を困難にし、市街中心部の大半が炎上した。

同日正午頃に鎮火したが、中町・本町・番場・東町・上町・熊木など現在の秩父市中心部が被災した。焼失戸数は約447戸に及んだ[1](記録により異なり307戸とする資料もあり[2])。死傷者数は不明。

主な被災施設は以下の通り。

  • 秩父神社 - 神楽殿、御供所などが焼失したが、本殿は銅板葺きのため延焼を免れた[3]
  • 慈眼寺(秩父札所十三番) - 堂宇を失い、その後22年かけて再建された[4]
  • 惣円寺秩父七福神)は本堂やその敷地内に設置されていた大宮学校(現・秩父市立秩父第一小学校)を失う。その後防火対策含んだ新本堂を建設。

このほか、郡役所も被災した。

経済・文化への影響

現在

脚注

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