1961年、協会の依頼により立教大学長唄研究会の指導を1982年まで担当。1961年に長唄協会芸術祭主催公演「親鸞」を杵屋佐之助副会長・芳村伊久三郎書記長の三人で制作、東京文化会館で公演。1964年、オリンピック芸術展示委員として制作に協力。紙恭輔の依頼により社団法人芸団協設立に協力。同会著作隣接権設立委員として協力。1968年より長唄協会演奏委員。1975年より長唄協会社団法人化に尽力、1978年に認可を受ける。1979年に今藤長十郎副会長と意見対立のため協会辞任。1980年にイスタンブール世界音楽祭に参加、演奏。身体障害者年だった1981年には障害者長唄愛好会メンバーを引率し、リスボン、ミュンヘン、ローマにて演奏。1983年、長唄再再会を設立、1989年まで年二回公演した。
以後、双寿会・変化舞踊研究会・稀音家義丸之会公演。1993年から95年にかけ東京芸術大学音楽学部樂理科非常勤講師として「邦楽概論」授業担当。1993年に芸能学会常任理事となり今日に至る。杵屋栄二、日吉小三八、稀音家六多郎、などの各派長老より多くの稀曲、伝承曲の教えを受け、伝承曲約750曲の楽譜・録音を整理、その中稀曲約250曲を製本、国立劇場資料課に寄託。今後も伝承稀曲復活に努力する予定。