稲垣潤太郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 稲垣 潤太郎(いながき じゅんたろう、1893年〈明治26年〉4月17日[1] - 没年不詳)は、日本の内務官僚。 鳥取県出身。1917年(大正6年)に京都帝国大学法科大学独法科を卒業し、高等文官試験に合格した[1]。長野県警視、同理事官、宮内事務官・参事官、帝室林野管理局事務官、岡山県事務官、北海道庁学務部長、秋田県警察部長、北海道庁警察部長、富山県警察部長、兵庫県警察部長などを経て、1935年(昭和10年)に香川県書記官・総務部長に就任した[1]。 1939年(昭和14年)に退官した後は、1942年(昭和17年)まで福島県若松市(現:会津若松市)助役を務めた[2]。 脚注 1 2 3 日本官界名鑑 1937. ↑ 大衆人事録 1943. 参考文献 日本官界情報社編『日本官界名鑑 昭和十三年版』日本官界情報社、1937年。 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版』帝国秘密探偵社、1943年。 Related Articles