稲葉則通 From Wikipedia, the free encyclopedia 稲葉 則通(いなば のりみち、寛文11年(1671年) - 宝暦10年5月18日(1760年6月30日)[1])は、江戸時代前期の国学者、兵学者。山崎闇斎派の漢学者稲葉迂斎の兄。通称は源太夫。号は円斎。 水島卜也から武家典礼を、山鹿高基から陣法を学び、水戸徳川家に仕え学問に打ち込んだ。著作に「稲葉百城編」「小笠原流古記録」「百城図」「本文両説並解武五事七計」「山鹿古先生由来記参」などがある。 ↑ 『国書人名辞典 第1巻』岩波書店、1993年、p.174。 参考文献 江戸文人辞典(東京堂出版) 48頁 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館日本 Related Articles