窪田晴男
From Wikipedia, the free encyclopedia
1979年、バンド「人種熱」を結成。都内のライブハウスで活動。
1980年、人種熱が近田春夫のバックバンドとして取り込まれる形で近田春夫&ビブラトーンズ(以下ビブラと表記)を結成、プロデビュー。まったく同じメンバーながら、近田が主導権を握るプロ活動はビブラ、窪田が主導権を握るライブ活動は人種熱として並行的に活動する。その後、人種熱ライブにおけるMCで「ビブラトーンズという、営業でやっているバンド」との発言が近田の不興をかったため、ビブラ・人種熱ともに脱退。
1983年、サエキけんぞうらとパール兄弟結成。1986年レコードデビュー。並行して、S-KEN&ホットボンボンズで活動する他、坂本龍一、EPO、矢野顕子らのレコーディング、ライブツアーに参加。またTM NETWORKの代表曲「Get Wild」のギターも窪田であると言われている(記録が残っておらず本人や小室哲哉などTM側関係者の記憶も定かではないため、状況からそう推測されている。TM NETWORKのヒット曲である「Self Control」のギターは窪田で確定している)。
佐野元春に誘われ、彼のバックバンドであるTHE HEARTLANDにわずかな期間であるが三代目ギタリストとして参加している。ちなみにTHE HEARTLANDのギタリストは初代伊藤銀次、2代目横内タケ、後任の四代目は長田進である。ただし窪田が在籍した期間があまりにも短いため、長田が三代目として紹介される事が多い。
1990年、パール兄弟から勘当(兄弟であるため脱退はできない、という名目のためこう言われる)。並行して小西康陽、桜井鉄太郎と共にFM横浜の番組『GIRL GIRL GIRL』を開始。
1991年、木村恵子とボサノバユニット 『ケルカン』を結成。アルバム2枚を製作して脱退。赤城信夫との共同でソロアルバム『FLYING NEW ASIAN』発表。
1993年、山根麻衣との共作でアルバム『山根麻衣・窪田晴男UNIT』発表。
2000年、ソロアルバム『ミッドナイトプリーチャー』発表。GIRL GIRL GIRLでの音源から抜粋。
2003年、パール兄弟に復帰。
2004年、朝日新聞夕刊にてコラム連載。2007年まで。
2021年、和久井光司とバンド「東京暮色」を結成。