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桜井鉄太郎

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桜井 鉄太郎(さくらい てつたろう、1953年11月13日[1] - )は、日本の音楽家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、ギタリスト。

1986年、自身の所有する音楽スタジオ『南青山 Runt Studio』においてレコーディングされた『Japanese Electric Foundation』で音楽プロデューサーとしてデビュー。吉村由美、和田アキ子、モーニング娘。、ARB、heath、高岡早紀、高嶋政宏といった幅広いジャンルの音楽家をプロデュース。高嶋政宏とは『R.P.O (Real Pop Organizers)』というユニットを結成し1989年にアルバムを発表。その翌年1990年の秋、小西康陽・窪田晴男とともに、創作集団『GIRL GIRL GIRL』を結成し音楽ラジオ番組をスタート。同番組内で交流を深めた麻布界隈のクラブDJらと共に、1991年に『COSA NOSTRA』を結成。小泉進次郎がテレビ出演する際に必ず流れていた「フードファイト」の作曲者である。

ラジオ番組

1990年〜1993年 FMヨコハマ「GIRL GIRL GIRL」レギュラー出演

2024年 ポッドキャスト番組「桜井鉄太郎のエンタまるごとマル秘報告」メインキャスター。COSA NOSTRAのヴォーカル、鈴木桃子と小田玲子の3人による音楽トーク番組。コルグの撮影収録スタジオ「EXTREME TOKYO」にて収録[2]。制作配信は株式会社インタビューが行っている[3]。

その他

野沢秀行との共作アルバム『Japanese Electric Foundation』のライナーノーツを桑田佳祐が担当しており、それによると、「桜井鉄太郎」の芸名は桑田が名付け親。COSA NOSTRAでの活動時には必ずサングラスを着用。カレー好きとして知られ、南青山の自宅にて時折カレーパーティーが催される。早稲田大学中退。20歳の頃より、ライブハウス・荻窪ロフトに勤務。デビュー前の桑田、山下達郎、坂本龍一等と親交を持つ。シュガー・ベイブのコンサートでは司会を担当するなど縁のあった大貫妙子のマネージャーなどの裏方仕事を経て独立。28歳で南青山にプライベートスタジオ・『Runt Studio』設立。プロデューサー個人がスタジオを持つ先駆けとなる。『Runt Studio』には近田春夫、パール兄弟、小西康陽などが集まりセッションを繰り広げた。

楽曲提供

アーティスト名曲名備考
シータθSO-MA-TO作曲
高岡早紀オーロラの微笑み作曲
スパイになりたい作詞・作曲
中村舞子GIRL作曲
谷村有美二人旅編曲
せめてものI LOVE YOU
モーニング娘。愛の種作曲・編曲
モーニングコーヒー編曲
モーニング娘。20thタネはツバサ (Wing of the Seed)作曲
山田邦子涙のスイカ日記(夏ヴァージョン)編曲
吉村由美花火作曲
天然の美(ビューティ)
強気なふたり
和田アキ子Funky Friday作曲(長田定男・鈴木桃子との共作)

ディスコグラフィー (COSA NOSTRA)

脚注

関連項目

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