窪田登
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岡山県倉敷市に生まれる[1]。兄の影響でウエイトトレーニングを始め。1947年の第1回関西重量挙げ選手権ではライト級第2位となる[1]。1952年、日本ウエイトリフティング協会が開催したボディコンテスト「ミスター日本コンテスト」にて優勝[1]。このコンテストが日本ボディビル協会(のちの日本ボディビル連盟)設立のきっかけとなる。
旧制倉敷高校・新制倉敷高校(現・岡山県立倉敷青陵高等学校)を経て[1]、早稲田大学第一法学部を卒業。1960年、ローマオリンピック・ウエイトリフティング競技に出場し、ライトヘビー級7位。1991年、NSCAジャパン初代理事長に就任(1999年9月まで)[1]。ボディビル・ウェイトトレーニング関連の著書・訳書を多く手掛け、ボディビル競技の普及に貢献した。