茨城県立土浦第一高等学校を経て、筑波大学芸術専門学群[2]に入学。大学在学中は落語研究会に所属。「麗久舎 小砲棒」(れいきゅうしゃ こつつぼ)を名乗り、数多くのネタに挑戦する。また、学生時代に専攻していた美術分野において、大学院在籍時には『たけしの誰でもピカソ』の美術大学アートバトル大会に出場し高い評価を得る。
2002年3月に大学院を修了後、約2年半のサラリーマン生活を経て、2005年1月より立川志の輔に入門し、立川志の吉(現:立川晴の輔)、立川志の八、立川志の春、立川メンソーレに続く5番目の弟子となる。2013年4月、二つ目昇進。
2025年9月1日に真打昇進予定[3]だったが、延期となった。