立象丸
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艦歴
元は大阪で1867年(慶応3年)に建造された幕府輸送船[1]。 庄内藩に貸与されていたのを明治元年7月16日(1868年9月2日)に奥羽鎮撫総督の名により[1]、 秋田藩が津軽深浦港で捕獲した[8]。 船は大破していたために秋田藩に保管させ、秋田藩では土崎港に繋留して修理を加えた[8]。
明治4年5月(1871年6月から7月)に初めて品海に着、この時点で兵部省に返還とされたが[8]、 秋田藩の必要で土崎港まの1往復した後の返還となった[9]。 6月14日(1871年7月31日)から15日(1871年8月1日)に品海に帰着の予定だったが[9]、 結局10月3日(1871年11月15日)品海に着[10]、 11月に秋田県から返還となった。8日(1871年12月19日)午前10時に品海で受け取りの予定[11]、 13日(1871年12月24日)付で受け取り報告の記録が残る[12]。
翌明治5年1月29日(1872年3月8日)、立象丸は造船局の所轄となった[13][1][14]。 船体の腐朽が激しいために同年中に石川島に陸揚げされ[3]、 1876年(明治9年)3月27日廃船[15] (除籍)、解体された[1]。