竹割り祭り
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神事の次第は次の通りである[3]。
- 修祓の儀
- 神門の側に組まれた竹の組物に火をつけ、燃え上がったところで鳴らされる合図とともに、白装束の若衆数十人が境内に走り込み、炎の横を通過する。(篝火行事)
- 境内に用意された300本の青竹を、石段や柱、拝殿の床など、全てバラバラになるまで所構わず打ち付ける。この際、社殿に安置してある大縄に触れてはならない。(竹割行事)
- すべての竹を割り終わった後、拝殿から大縄を引き出し、引き合ったり、引き回したりする。その後、境内から神社の前の敷地橋に縄を運び、橋の上から大聖寺川に放り込んで流す。流れにくい時は若衆が川に入り、押し流す。(大縄行事)
割られた青竹は無病息災の縁起物として参拝客が自由に持ち帰る。
御願神事は荒々しい奇祭として知られており[3]、例えば肥後和男は『古代傳承研究』(1938年)の中で、スサノオのヤマタノオロチ退治と関連する、大蛇殺しを現した祭礼として紹介している。社伝によれば、神事の起源は天武天皇の立願に由来するものとされているが、近世に書かれた社記『加賀国江沼郡磯部天神縁記』によれば、スセリとヒコホホデミの兄弟神による争い(日向神話)を表現したものとされている[3]。