竹山実
建築家
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴・人物

北海道札幌市出身。フルブライト奨学金で留学したハーバード大学大学院修士課程を修了後、ホセ・ルイ・セルトや、イサム・ノグチの事務所に勤務し、その後、1962年、デンマークに渡る。デンマークでは、ヨーン・ウツソン、アルネ・ヤコブセン、フィン・ユール、ヘニング・ラーセンの事務所に勤務、また、1963年から一年間、教師としてデンマーク王立アカデミー建築科に勤めた。
1964年に帰国し、竹山実建築綜合研究所を設立。同時期、芦原義信に請われ武蔵野美術大学建築学科の創設に参加した。その後、新宿歌舞伎町の商業ビル一番館、二番館などのポストモダン建築で注目された。
一番館は、ハーフミラーを用いたグラフィカルな外壁、白黒のストライプの外装など、特異な外観で、ポストモダン建築を代表する作品の一つとされる。二番館は、一番館に比べよりカラフルな構成、色彩となり、粟津潔による外装デザインが今なお斬新である。また、チャールズ・ジェンクスの『ポスト・モダニズムの建築言語』の表紙写真として使用された。
その他の代表作には、中村記念病院、SHIBUYA109、晴海客船ターミナルなどがある。
SHIBUYA109は、建築史家の倉方俊輔に「最も成功を収めた戦後日本のアイコン建築」と評価されている[1]。
1986年の新都庁舎コンペには、審査員として参加。2004年、竹山の業績を記念して、武蔵野美術大学建築学科卒業生の作品を対象として、「武蔵野美術大学建築学科 竹山実賞」が設けられた。
略歴
受賞
主な作品
- 1968年
- 1970年 二番館(東京都)
- 1972年 ペプシ工場 北海道ペプシコーラボトリング三笠工場(北海道)
- 1974年
- 1976年 アトリエインディゴ(北海道)
- 1978年 SHIBUYA109(東京都)
- 1980年 中村記念病院(北海道)
- 1981年 武蔵野美術大学10号館(東京都)
- 1984年 味覚糖奈良工場(奈良県)
- 1986年
- 京都ルネサンス(京都府)
- エジプト大使館(東京都)
- 1988年 北見北斗病院(北海道)
- 1990年
- ポジションビル(東京都)
- ネオアージュ中目黒(東京都)
- 埼玉県市町村職員共済組合草津保養所『アルペンローゼ』(群馬県)
- 1991年 キャナルタワー(東京都)
- 1992年
- 味覚糖本社(大阪府)
- テック広尾(東京都)
- 1993年
- 晴海客船ターミナル(東京都)
- テルメインターナショナルホテル札幌(北海道、デザイン監修)
- 広尾プラザ(東京都、デザイン監修)
- サッポロファクトリー(北海道、デザイン監修)
- 1995年 ホテルニチマ倶楽部『ホール』(富山県)
- 1997年
- 新宿西口地下道(東京都)
- 西新井第一団地集会所場(東京都)
- 1998年 明治屋札幌物流センター(北海道)
- 2002年
- 横浜北部斎場(神奈川県)
- ノースゲートビル(東京都)
- 2003年 ソウル駅(韓国、デザイン監修)
- 2010年 清凉里駅(韓国、デザイン監修)
- 2011年 新宿西口地下道II(東京都)





