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笑福亭福團治

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笑福亭 福團治(しょうふくてい ふくだんじ)は、上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。初代笑福亭福松の系統。初代桂春團治系統の桂福團治と混同しやすいが、本来はこちらの方が古い名跡である。

五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。

1921年6月、初代桂春蝶が初代桂福團治に改名した際、すでにこの笑福亭福團治を名乗る噺家がいたため、4代目笑福亭松鶴が抗議したという。しかし、当時人気絶頂だった初代桂春団治は、「桂」と「笑福亭」は亭号が違うので別にかまわん、と、これを一蹴した。[要出典]

初代

初代 笑福亭 福團治(しょうふくてい ふくだんじ、生没年不詳)は、明治から大正にかけての上方落語の落語家[1]。本名、享年とも不詳[1]。

初代笑福亭福松の門下[1]。『古今東西落語家事典』は「活躍時期は明治から大正初期にかけてか」とする[1]。

神戸湊座の寄席に「新講談 笑福亭福團治」の名が見える。その後も大正末から昭和ごく初期にかけて端席の寄席に初代か2代目か不明の名が書かれたチラシが見つかっている。主に萬歳の寄席に出ていた。[要出典]

2代目

2代目 笑福亭 福團治(しょうふくてい ふくだんじ、生年不詳 - 1960年代後半? )は、昭和期の上方落語の落語家[1]。本名、享年とも不詳[1]。

初代笑福亭福團治の門下で、後に2代目福團治を名乗る[1]。1960年代後半 - 1970年代前半(昭和40年代)まで、新世界の温泉演芸場(後の新花月)などに出演した(『古今東西落語家事典』は没年を「昭和40頃カ」とする)[1]。

十八番は『親子茶屋』『仔猫』『鹿政談』『平林』『国なまり』など。非主流派に属したため、地方巡業などで苦労を重ね、講談ネタや浪曲ネタなど何でもこなし、黒紋付で立ったままで落語を演じることも厭わなかったとされる。面長で品のある役者顔であったという。[要出典]

脚注

参考文献

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