第11回天皇杯全日本サッカー選手権大会
1931年に開催された第11回サッカー天皇杯
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概要
- 本大会出場は7チーム。
- 本大会は第6回明治神宮競技大会を兼ねていた。
- 東都の誰一人名前も知らない中学生チームの快進撃に神宮が湧いた[1][2]。決勝に進出したのは広島県呉市平原町から来た興文中学[1]。校長が朝鮮で教育に従事していた関係で、朝鮮からの留学生を積極的に受け入れていた[1][2]。修道中学、広島師範学校、鯉城蹴球団など、強豪ひしめく広島予選を勝ち抜き、本戦でも決勝に進出した[1]。しかし興文中学が一瞬の燐きを放ったのはこの年のみで、これ以降全国大会での華々しい活躍はない。興文中学は太平洋戦争で空襲に遭い校舎を焼失。同市阿賀町に移転した後、学校改革で芸南高校と改称したが1975年廃校になった[1]。著名な出身者としてボクシングプロモーターの金平正紀らがいる[3]。
出場チーム
結果
| 1回戦 | 準決勝 | 決勝 | ||||||||
| 1931年10月 | ||||||||||
| 二高クラブ | 0 | |||||||||
| 1931年10月 | ||||||||||
| 東京帝大LB | 2 | |||||||||
| 関西学院大学 | 1 | |||||||||
| 1931年10月31日 | ||||||||||
| 東京帝大LB | 2 | |||||||||
| 東京帝大LB | 5 | |||||||||
| 1931年10月 | ||||||||||
| 興文中学 | 1 | |||||||||
| 函館蹴球団 | 0 | |||||||||
| 1931年10月 | ||||||||||
| 名古屋蹴球団 | 2 | |||||||||
| 名古屋蹴球団 | 1 | |||||||||
| 1931年10月 | ||||||||||
| 興文中学 | 3 | |||||||||
| 富山師範クラブ | 1 | |||||||||
| 興文中学 | 5 | |||||||||