第21期本因坊戦

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第21期本因坊戦(だい21きほんいんぼうせん)

囲碁の第21期本因坊戦は、1965年昭和40年)に挑戦者決定リーグ戦を開始し、1966年4月から本因坊栄寿(坂田栄男)に、藤沢秀行九段が挑戦する七番勝負が行われ、坂田が4連勝で防衛、6連覇を果たした。また坂田は本因坊戦挑戦手合での連勝記録を14に伸ばした。

  • 参加棋士 : 日本棋院関西棋院棋士の初段以上。
  • 予選は、日本棋院と関西棋院それぞれで、1次予選、2次予選を行う。
  • 挑戦者決定リーグ戦は、前期シード者と新参加4名を加えた8名で行う。
  • コミは4目半。
  • 持時間は、2次・3次予選は各6時間、リーグ戦は各9時間、挑戦手合は各10時間。

経過

予選トーナメント

新規リーグ参加者は、前期陥落即復帰の林海峰名人、2度目のリーグ参加の加納嘉徳八段、初参加の榊原章二八段、大竹英雄七段の4名。

挑戦者決定リーグ

リーグ戦は前期シードの、前期挑戦者山部俊郎、及び橋本宇太郎高川格藤沢秀行と、新参加4名で、1965年11月24日から翌年3月23日までで行われた。藤沢と高川が5勝1敗同士で最終局で対戦し、勝った藤沢が6勝1敗で、15期に続き2度目の本因坊戦挑戦者となった。前年に坂田を破って名人となった林と大竹の「竹林」コンビは揃って陥落となった。

出場者 / 相手
山部
橋本
高川
藤沢
加納
榊原
大竹
順位
山部俊郎-×××433
橋本宇太郎-×××433
高川格×-×522
藤沢秀行×-611
林海峰×××-×345(落)
加納嘉徳×××××-×168(落)
榊原章二××××-345(落)
大竹英雄×××××-257(落)

挑戦手合七番勝負

坂田本因坊に藤沢秀行が挑戦する七番勝負は1966年4月から開始された。坂田は前年に名人、この1月に日本棋院選手権戦大平修三に奪われており、藤沢は前年にプロ十傑戦、この年に囲碁選手権戦に優勝して昇り調子で、事前の予想では藤沢がやや有利と見られ、高川格は「藤沢君は最近絶好調。しかし、坂田君はなんと言っても一流の強さがある。やはり七局いっぱいで戦い、最後の握りで黒を持った方が若干有利か」[1]と述べた。

第1局は神奈川県箱根の石葉亭で行われ、序盤で先番藤沢がリードしたが、白番坂田が絶妙のシノギを見せて勝利。第2局は松山市道後の中村旅館で行われ、中盤まで白番藤沢が優勢とされていたが、坂田が強手を連発して逆転し、2連勝。第3局は三重県長島温泉ホテル・ナガシマで行われ、先番藤沢が序盤で左辺から下辺の戦いでうまく打ちまわし、中盤で疑問手が出て中央のに不安定な黒石ができて苦しくなり、210手まで白番坂田が中押勝して、3連勝。

第4局は大分県別府市城島高原のベップニューグランドホテルで行われた。先番坂田に序盤で緩着があり、白番藤沢の手厚い形となり、中盤でも坂田は勝負手を逃し必敗の形勢となる。しかし右上隅の黒地に侵入した白石の攻め合いの手順を間違え、白有利だった攻め合いが逆転してしまい、207手まで先番坂田中推勝ち、また坂田は19、20期に続いて3期連続で4連勝で6連覇を果たし、本因坊戦での連勝記録も14とした。

この年の坂田は、続いて名人戦で林海峰にリターンマッチを挑むが敗れ、王座戦決勝では林を2-1で破って優勝、続く十段戦では高川格に挑戦して3-1で初の十段位獲得を果たしている。

七番勝負(1966年)(△は先番)
対局者
1
4月27-28日
2
5月6-7日
3
5月15-16日
4
5月25-26日
5
-
6
-
7
-
本因坊栄寿○中押○1目半○中押○中押---
藤沢秀行××××---

対局譜

参考文献

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