第21期本因坊戦
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経過
予選トーナメント
新規リーグ参加者は、前期陥落即復帰の林海峰名人、2度目のリーグ参加の加納嘉徳八段、初参加の榊原章二八段、大竹英雄七段の4名。
挑戦者決定リーグ
リーグ戦は前期シードの、前期挑戦者山部俊郎、及び橋本宇太郎、高川格、藤沢秀行と、新参加4名で、1965年11月24日から翌年3月23日までで行われた。藤沢と高川が5勝1敗同士で最終局で対戦し、勝った藤沢が6勝1敗で、15期に続き2度目の本因坊戦挑戦者となった。前年に坂田を破って名人となった林と大竹の「竹林」コンビは揃って陥落となった。
| 山部俊郎 | - | × | ○ | × | ○ | ○ | × | ○ | 4 | 3 | 3 |
| 橋本宇太郎 | ○ | - | × | ○ | × | ○ | ○ | × | 4 | 3 | 3 |
| 高川格 | × | ○ | - | × | ○ | ○ | ○ | ○ | 5 | 2 | 2 |
| 藤沢秀行 | ○ | × | ○ | - | ○ | ○ | ○ | ○ | 6 | 1 | 1 |
| 林海峰 | × | ○ | × | × | - | ○ | × | ○ | 3 | 4 | 5(落) |
| 加納嘉徳 | × | × | × | × | × | - | ○ | × | 1 | 6 | 8(落) |
| 榊原章二 | ○ | × | × | × | ○ | × | - | ○ | 3 | 4 | 5(落) |
| 大竹英雄 | × | ○ | × | × | × | ○ | × | - | 2 | 5 | 7(落) |
挑戦手合七番勝負
坂田本因坊に藤沢秀行が挑戦する七番勝負は1966年4月から開始された。坂田は前年に名人、この1月に日本棋院選手権戦を大平修三に奪われており、藤沢は前年にプロ十傑戦、この年に囲碁選手権戦に優勝して昇り調子で、事前の予想では藤沢がやや有利と見られ、高川格は「藤沢君は最近絶好調。しかし、坂田君はなんと言っても一流の強さがある。やはり七局いっぱいで戦い、最後の握りで黒を持った方が若干有利か」[1]と述べた。
第1局は神奈川県箱根の石葉亭で行われ、序盤で先番藤沢がリードしたが、白番坂田が絶妙のシノギを見せて勝利。第2局は松山市道後の中村旅館で行われ、中盤まで白番藤沢が優勢とされていたが、坂田が強手を連発して逆転し、2連勝。第3局は三重県長島温泉のホテル・ナガシマで行われ、先番藤沢が序盤で左辺から下辺の戦いでうまく打ちまわし、中盤で疑問手が出て中央のに不安定な黒石ができて苦しくなり、210手まで白番坂田が中押勝して、3連勝。
第4局は大分県別府市城島高原のベップニューグランドホテルで行われた。先番坂田に序盤で緩着があり、白番藤沢の手厚い形となり、中盤でも坂田は勝負手を逃し必敗の形勢となる。しかし右上隅の黒地に侵入した白石の攻め合いの手順を間違え、白有利だった攻め合いが逆転してしまい、207手まで先番坂田中推勝ち、また坂田は19、20期に続いて3期連続で4連勝で6連覇を果たし、本因坊戦での連勝記録も14とした。
この年の坂田は、続いて名人戦で林海峰にリターンマッチを挑むが敗れ、王座戦決勝では林を2-1で破って優勝、続く十段戦では高川格に挑戦して3-1で初の十段位獲得を果たしている。
- 七番勝負(1966年)(△は先番)
4月27-28日 |
5月6-7日 |
5月15-16日 |
5月25-26日 |
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| 本因坊栄寿 | ○中押 | △○1目半 | ○中押 | △○中押 | - | - | - |
| 藤沢秀行 | △× | × | △× | × | - | - | - |



