第24SS武装山岳猟兵師団

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第24SS武装山岳猟兵師団: 24. Waffen-Gebirgs-Division der SS)は武装親衛隊師団である。

創設 1944年8月
所属組織 武装親衛隊
概要 創設, 廃止 ...
第24SS武装山岳猟兵師団
第24SS武装山岳猟兵師団の師団章
創設 1944年8月
廃止 1945年5月8日
所属政体 ナチス・ドイツ
所属組織 武装親衛隊
編制単位 師団
兵種/任務 山岳猟兵
戦歴 第二次世界大戦
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1942年6月スロベニアクロアチアセルビアウクライナイタリア、及び各地方の民族ドイツ人からなる義勇兵により編制された、カルストヴェーア大隊(Karstwehr Battalion)がこの師団の原型である。装備、訓練共に山中での戦闘を目指したもので、スロベニアイタリアオーストリア国境にかけてのアルプス山脈で活動、パルチザン掃討活動を任務とした山岳戦専門の部隊であった。 イタリアが降伏したとき北イタリアに進駐、タルヴィージオイタリア軍武装解除を行った。1944年8月に師団に改編されたが、これは実際の戦力増加を伴わない、あくまで書類上のものであり[1]、後に師団から山岳旅団へ格下げされたこともあった。 その後もパルチザンとの激闘は続き、終戦時、師団はオーストリア国境を防衛、バルカン半島で戦っていたドイツ軍が西へ退却してイギリス軍に降伏することを可能にした。

師団の残存部隊は最後まで戦ったドイツ軍部隊のひとつとなり[2]1945年5月9日イギリス第6機甲師団に降伏した。

戦闘序列

14両の鹵獲されたイタリアのP40 (戦車)が1944年7月に新編された師団に装備された。しかし信頼性が低いことが判明した。

書類上、師団の最終的な戦闘序列は次のような物だった[3]

  • 第59SS山岳猟兵連隊(山岳歩兵)(3個大隊)
  • 第60SS山岳猟兵連隊(山岳歩兵)(3個大隊)
  • 第24SS山岳砲兵連隊(4個大隊)
  • 第24SS偵察大隊
  • 第24SS装甲猟兵大隊(対戦車部隊)
  • 第24SS工兵大隊
  • 第24SS山岳通信大隊
  • 第24SS補充大隊

師団の設立時には補給部隊も含まれるはずだった。実際には、第59山岳猟兵連隊、第24SS山岳砲兵連隊の1個大隊、第24SS工兵大隊の1個中隊、それに半個中隊規模の師団装甲中隊だけで設立された[4]

師団長

歴史家のゴードン・ウィリアムソンは3人の武装SS将校が師団および旅団を指揮したとしている[5]。これに対して、ローランド・カルテネッガーはハーンのみを部隊指揮官としている[4]

さらに見る 着任, 離任 ...
着任離任階級(当時)氏名
1944年8月1944年12月5日親衛隊中佐カール・マルクス
( Karl Marx)
1944年12月5日1945年2月10日親衛隊少佐ヴェルナー・ハーン
(Werner Hahn)
1945年2月10日1945年5月8日親衛隊上級大佐アドルフ・ヴァグナー
(Adolf Wagner)
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制服

部隊章は様式化されたテュールルーン文字Týr rune)に左右の矢印を付加したものだった[4]。 襟章も製造されたが、これは実際には使用されなかったとされ、師団員は標準的なSSルーン(Sig runes)を付けていた[6]

関連項目

脚注

参考文献

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