第一三海軍航空隊
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太平洋戦争終盤、第一南遣艦隊に所属する航空隊は、相次ぐ戦力抽出と新兵投入のために技量低下が著しかった。昭和19年5月1日をもって、戦闘機練成隊の第一一海軍航空隊と艦上爆撃機練成隊の第一二海軍航空隊をシンガポールに、陸上攻撃機練成隊の第一三海軍航空隊(以下「一三空」とする)をマレー半島[2]に設置し、独自に実用機教育と慣熟訓練を実施することとした。
- 昭和19年(1944年)5月1日 - 台湾の新竹航空基地で編成し、マレー半島アウエルタウエル飛行場で開隊[2]。所管:横須賀鎮守府、原駐基地:霞ヶ浦航空基地と定められ[1]、海軍練習航空隊に指定される[3]。第一南遣艦隊附属。
- 昭和20年(1945年)1月20日 - 第十三航空艦隊の指揮権が第一南遣艦隊に移転。十三航艦附属に転籍。「南号作戦」発動。3月9日の作戦終了まで第一二海軍航空隊とともに船団護衛・対潜掃討に従事。
本来の実施部隊である第三八一海軍航空隊・第九三六海軍航空隊を維持するため、一三空の乏しい機体を委譲して解散となった。要員の大多数はシンガポールに残留し、乙航空隊の馬来海軍航空隊の隷下に入り、終戦を待った。