豊橋海軍航空隊
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豊橋海軍航空隊(とよはしかいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。陸上攻撃機要員の練成部隊として開かれたが、急遽実施部隊に変更され、太平洋戦争終盤に最前線で爆撃・攻撃・偵察行動に従事した。1944年(昭和19年)2月20日に、第七〇一海軍航空隊(だい701かいぐんこうくうたい)(二代目)に改称されている。なお、初代豊橋空が実施部隊に変貌したのちに、再び豊橋に練成部隊として二代豊橋空が設置されている。

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
沿革(初代)
沿革(二代)
戦後の飛行場
人工島であったことが災いし、終戦直後に入植した製塩工場が廃業してから10年ほど放置されていた。昭和30年代から拡張埋立て工事が実施され、人工島は原形を失ったものの、工業用地として造成した後は大半が誘致に成功。一部は用地のまま放置されている。 昭和40年代半ばにはラジコン飛行機の滑走路として使用されていた。