第三二海軍航空隊 From Wikipedia, the free encyclopedia 大日本帝国海軍 官衙 海軍省 軍令部 海軍艦政本部 海軍航空本部 外局等一覧 地方組織 鎮守府 警備府 要港部 駐満海軍部 艦隊 連合艦隊 北東方面艦隊 中部太平洋方面艦隊 南東方面艦隊 南西方面艦隊 第十方面艦隊 支那方面艦隊 海上護衛総司令部 海軍総隊 他作戦部隊 海軍航空隊 海軍陸戦隊 主要機関 学校一覧 歴史・伝統 日本海軍の歴史 日本海軍の軍服 その他 階級一覧 艦艇一覧 兵装一覧 表話編歴 第三二海軍航空隊[1](だいさんふたかいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。予科練卒業生の初歩機上練習を進めるための練習航空隊として編制された。 隊名が類似している第三十二航空隊とは関連が無い。本航空隊の呼称を「第三十二海軍航空隊」、または「第三十二航空隊(三十二空)」などとしている文献があるが、これらの呼称は誤りである。 爆発的な増員を行った予科練卒業生の初歩機上練習を進めるため、各地に初歩練習航空隊が増設された。第三二海軍航空隊もそのひとつであり、第三一海軍航空隊と同日に開隊した。内地の練習航空隊と違い、外地のために地名を名乗っていない。 昭和19年(1944年) 3月1日 - ミンダナオ島サランガニ飛行場で開隊。所管:呉鎮守府、原駐基地:岩国航空基地と定められ[1]、海軍練習航空隊に指定される[2]。第三南遣艦隊附属[3]。 5月15日 - 甲飛13期前期生、松山海軍航空隊より入隊。飛行練習生38期として訓練開始。 7月15日 - 解隊[4]。人員機材は第三一海軍航空隊に統合、隊員はマニラに移動。 第三一海軍航空隊と同様に松山空出身者で占められていたため、統合時の問題もなく訓練に移った。 主力機種 九三式中間練習機 隊司令 古瀬貴季 大佐:1944年3月1日[5] - 1944年7月10日[6]、以後隊司令の発令は無い。 脚注 1 2 昭和19年3月1日付 海軍内令 第372号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C12070199100 で閲覧可能。 ↑ 昭和19年3月1日付 海軍内令 第373号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C12070199100 で閲覧可能。 ↑ 戦史叢書 『南西方面海軍作戦 -第二段作戦以降-』、p. 325。 ↑ 昭和19年7月15日付 海軍内令 第861号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C12070197800 で閲覧可能。 ↑ 昭和19年3月1日付 海軍辞令公報 (部内限) 第1352号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072096300 で閲覧可能。 ↑ 昭和19年7月14日付 海軍辞令公報 甲 (部内限) 第1535号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072100000 で閲覧可能。 関連項目 大日本帝国海軍航空隊一覧 参考文献 坂本正器/福川秀樹 『日本海軍編制事典』(芙蓉書房出版 2003年)、ISBN 4-8295-0330-0 戦史叢書 第54巻 『第南西方面海軍作戦 -第二段作戦以降-』(朝雲新聞社 1972年) 『海軍飛行豫科練習生』(国書刊行会、1983年) Related Articles