笹村二朗
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1934年、北海道帯広市生まれ。和人の父とアイヌ人の母を持つ。
1961年に建設業「笹村組」を開業し、1972年に法人化し社長に就任。
帯広市にあった古戦場のチョマトー埋め立て問題で、1975年ごろより、北海道ウタリ協会の活動に関わる。
1996年、北海道ウタリ協会の理事長に就任する[3]。「日本国政府による補償も必要だが、アイヌ民族の自立が重要である」との姿勢をとる。
アイヌ文化振興法の1997年の制定に、理事長として動き回る。鈴木宗男の後援会活動にも参加する。
2001年8月6日に、自民党代議士である鈴木宗男の「アイヌ民族同化発言」と平沼赳夫の「単一民族発言」に対しての抗議に消極的であるという理由で、理事会において27人中18人の賛成で、理事長職を解任される。
2003年4月27日、帯広市議会議員に無所属で出馬し、当選する[4]。