笹村良昌 From Wikipedia, the free encyclopedia 笹村 良昌(ささむら よしまさ、1832年(天保3年)- 1909年(明治42年)3月22日)は、江戸時代後期から明治時代の医師、歌人。通称は洞泊で、号は野紅花園と名乗った。 土佐国に於いて生まれる。高知藩の藩医を務め、本草学に通じていた。また『万葉集』にも通じ、和歌を得意としていたことから闡幽会を起こして指導に当たった。明治42年3月22日死去。享年78。著書に『野紅花園歌集』や『類題闡幽歌集』、『正調新案 和歌作法指南』がある[1][2]。墓所は品川区の海晏寺。 ↑ コトバンク 笹村良昌 ↑ 近代文献人名辞典(β) 笹村良昌 Related Articles