箕田貫一 From Wikipedia, the free encyclopedia 箕田 貫一(みのた かんいち、1898年 <明治31年> 1月6日 - 1983年 <昭和58年> 1月13日)は、日本の経営者。栗本鐵工所社長を務めた。位階は正五位。 和歌山県出身[1]。1926年に神戸高等商業学校を卒業し、同年に日本綿花に入社した[1]。1938年に栗本鐵工所に転じ、1944年に取締役に就任し、常務、専務を経て、1950年8月から1953年3月までと1953年9月から1961年5月までに社長を務めた[1]。 1965年に藍綬褒章を受章し、1968年4月に勲三等瑞宝章を受章[1]。 1983年1月13日老衰のために死去[2]。85歳没。死没日付をもって正五位に叙された[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 人事興信所 1981, み78頁. ↑ 1983年 1月14日 日本経済新聞 朝刊 p21 ↑ 昭和58年 1983年2月9日付 官報 本紙 第16805号 10頁 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第31版 下』人事興信所、1981年。 Related Articles