戦時中の不要不急線として1944年(昭和19年)2月10日に運行休止となった鋼索線は、戦後5年目となる1950年(昭和25年)7月1日に営業運転を再開した。その際に導入された新型車両が本形式である。
戦前に使用されていた木造車両であるケ形とは異なる片側3扉の鋼製車体で、全席クロスシートであったが、制御装置はケ形と同様のギーセライ・ベルン式を採用していた。登場当初の集電装置は小型のビューゲル2基であったが後に小型パンタグラフ2基に改装されている。また、登場当初の塗装は上半分がクリーム色、下半分が薄青色であったが、後に小田急3000形(SE車)の登場に合わせ、窓回りを黄色、下半分と屋根付近を赤色、窓下に白帯、そして前面をV字の金太郎塗りと呼ばれる塗装へと改めている。
1971年(昭和46年)に3代目車両にあたるケ2形が登場するまで使用された。