創建年代は不明であるが、前九年の役の際に源義家が当地に立ち寄り、軍扇を埋めて八幡神を勧請して、戦勝を祈願したという話が伝わっていることから、平安時代後期には既に存在していたものと推測される。「笹久保」という地名も、軍扇を埋めたところが笹が生い茂った窪地というのが由来である[1]。
当社では「岩槻の古式土俵入り」という行事が行われる。これは氏子の子どもが土俵入りを奉納するものである。あくまでも「土俵入り」を奉納するのであって、神事相撲ではないのが大きな特徴である。明治以降、度々中断と復活を繰り返してきた。1972年(昭和47年)以降は、2年に1回行われるようになった[1]。