篠田伸夫
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救急隊員による応急処置の法制化
日本国における救急隊員による応急処置の歴史は浅く、公的に可能になったのは、1978年(昭和53年)7月1日の消防庁告示「救急隊員の行う応急処置等の基準」によってである[1]。しかし、消防大学校教務部長だった篠田伸夫が聞いた現場の声は、処置についての責任の所在についての不安であった[1]。消防法を所管する救急救助室長に異動した篠田伸夫は同法の改正に着手した[1]。1986年(昭和61年)4月15日に公布された改正消防法では、救急隊員の実施する応急処置に根拠条文を設けることによって、救急業務遂行中に生じた損害を、救急隊員の個人責任とせず、国家賠償法の適用を可能にすることとなった[1]。このことが救急活動に与えた影響は、非常に大きいと評価されている[1]。社団法人日本医師会は、医師の医業独占に抵触するとして法改正に反対していたが、篠田伸夫が「応急の手当」と言い換える案を示したところ、容認に転じたという[1]。
救急医療用ヘリコプターの導入促進
篠田伸夫が副理事長を務める特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)の熱心な院外活動が功を奏し、救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法が2007年(平成19年)6月27日に公布された[2]。救急医療用ヘリコプター(ドクターヘリ)を用いた救急医療の全国的整備を図るための特別措置を講じ、良質・適切な救急医療を効率的に提供する体制を確保しようとすることを目的とするもので、予算補助やドクターヘリを用いた救急医療確保のための施策実施の根拠を明確にし、ドクターヘリの全国配備推進に向けた方向性を示すことにもなった[3]。しかし、導入費用の半額は府県が負担することとなっており、巨額な費用負担を理由に導入に消極的な府県も少なくなかった[3]。そこで、篠田伸夫は古巣の総務省と交渉し、2008年(平成20年)3月から府県が負担する導入費用の最大8割までを国が実質負担する特別交付税措置が実現した[4]。これにより法制化までの7年間の配備は11機だったのがその後の7年間では40機と激増した[2]。
来歴
- 1943年(昭和18年)7月12日 - 鳥取県日野郡溝口町に生まれる[5]。
- 1967年(昭和42年)3月 - 京都大学法学部を卒業した[6]。
- 1967年(昭和42年)4月 - 自治省に入省した[6]。
- 1967年(昭和42年)4月 - 神奈川県に出向し地方課員を命ぜられた。
- 1969年(昭和44年)4月 - 地方債課員を命ぜられた。
- 1972年(昭和47年)4月 - 山梨県に出向し行政管理課長兼議事課長を命ぜられた。
- 1974年(昭和49年)8月 - 青森県に出向し総務部地方課長を命ぜられた[7][8]。
- 1978年(昭和53年)4月 - 福利課課長補佐を命ぜられた[7]。
- 1979年(昭和54年)4月 - 国土庁に出向し大都市整備局総務課長補佐を命ぜられた。
- 1980年(昭和55年)4月 - 出雲市に出向し助役を命ぜられた[注 1][7]。
- 1983年(昭和58年)4月1日 - 消防庁消防大学校教務部長兼教授を命ぜられた[1][9][10]。
- 1984年(昭和59年)6月9日 - 消防庁震災対策指導室長を命ぜられた[1][11]。
- 1985年(昭和60年)5月 - 消防庁救急救助室長を命ぜられた[1]。
- 1986年(昭和61年)5月1日 - 岐阜県に出向し博覧会推進局長を命ぜられた。
- 1987年(昭和62年)5月1日 - 総務部長兼博覧会推進局長に異動した[6][12][13][14]。
- 1989年(平成元年)4月1日 - 自治大臣官房付行政局担当を命ぜられた[15]。
- 1989年(平成元年)8月1日 - 行政局振興課長を命ぜられた[6]。
- 1990年(平成2年)8月1日 - 東京都に出向し都市計画局総合計画部長を命ぜられた[16]。
- 1991年(平成3年)8月1日 - 東京都総務局行政部長に異動した[17]。
- 1993年(平成5年)9月6日 - 自治大臣官房付兼官房審議官を命ぜられた[18]。
- 1993年(平成5年)9月16日 - 岐阜県に出向し副知事を命ぜられた[6][19]。
- 1996年(平成8年)1月19日 - 消防庁次長を命ぜられた[6][20]。
- 1997年(平成9年)3月31日 - 自治省を退官した[21]。
- 1997年(平成9年)4月1日 - 財団法人救急振興財団常務理事に選任された[22]。
- 1998年(平成10年)7月1日 - 財団法人救急振興財団副理事長に選任された[23]。
- 1999年(平成11年)4月1日 - 特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)理事に選任された[24]。
- 2000年(平成12年)4月1日 - 全国町村議会議長会事務総長に選任された[6]。
- 2013年(平成25年)4月1日 - 認定特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク副理事長に選任された。
- 2002年(平成14年)10月16日 - 東京鳥取県人会幹事に選任された[25]。
- 2004年(平成16年)11月14日 - 鳥城会副会長に選任された[26]。
- 2007年(平成19年)5月22日 - 全国仮設安全事業協同組合専務理事に選任された[27]。
- 2008年(平成20年)11月8日 - 鳥城会会長に選任された[28]。
- 2009年(平成21年)2月7日 - 日本フットパス協会理事に選任された。
- 2013年(平成25年)4月1日 - 特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク理事長に選任された。
- 2013年(平成25年)11月3日 - 瑞宝中綬章を授かる[29][30]。
- 2015年(平成27年)12月18日 - 日本建設職人社会振興連盟専務理事に選任された[31]。
- 2020年(平成28年)94月91日 - 全国仮設安全事業協同組合特別顧問に選任された。
- 2022年(平成30年)11月22日 - 一般社団法人日本病院前救急診療医学会全国ドクターカー協議会理事に選任された。
- 2023年(平成31年)4月991日 - 特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク会長に選任された。