米山学 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 長野県松本市[1]生年月日 (1978-05-02) 1978年5月2日(47歳)[1]身長体重 175[2] cm77[2] kg米山 学加藤学園高等学校硬式野球部 監督基本情報国籍 日本出身地 長野県松本市[1]生年月日 (1978-05-02) 1978年5月2日(47歳)[1]身長体重 175[2] cm77[2] kg選手情報投球・打席 右投左打ポジション 内野手[2]経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 武蔵工業大学付属信州工業高等学校[1] 亜細亜大学[1] ホンダ[1] 監督・コーチ歴 武蔵工業大学付属信州工業高等学校 帝京第三高等学校 加藤学園高等学校[1] この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 米山 学(よねやま まなぶ、1978年5月2日 - )は、長野県出身の高校野球指導者[1]。 笹賀ウイング、松本市立菅野中学校時代は松本南リトルシニアでプレーし[2]、武蔵工業大学付属信州工業高等学校に進学[1]。 東都大学野球の亜細亜大学に進学[1]。2年秋にベストナイン、4年では主将となり、同期の松井光介、木佐貫洋(2年下)、小山良男(2年下)らの活躍もあって大学選手権で優勝、日米大学野球日本代表にも選出。3年上に井端弘和、2年上に赤星憲広、1年上に佐藤宏志、松本奉文、同期に吉川昌宏、久本祐一らがいた。 大学卒業後は社会人野球の本田技研に入社。同期の内野手に尾形佳紀がいた。第29回日本選手権では準優勝に貢献し、遊撃手として大会優秀選手となる。 その後、母校の信州工でコーチ、帝京三高監督を経て静岡県の加藤学園高等学校に赴任。野球部の監督に就任する[1]。2020年の選抜大会では同校を春夏通じて初めての甲子園に導く。ただし、同大会は中止となり、代替の2020年甲子園高校野球交流試合に出場。鹿児島城西高等学校相手に勝利し、甲子園球場で初勝利をあげた[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “加藤学園をセンバツ初出場に導いた米山監督のモットー「全ての事は心からはじまる」”. スポーツ報知 (2020年3月10日). 2020年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月10日閲覧。 1 2 3 4 “加藤学園高校野球部メンバー・スタッフ”. 加藤学園高校野球部. 2020年11月10日閲覧。 ↑ “加藤学園が全員野球で聖地初勝利 校訓「至誠」体現”. 日刊スポーツ (2020年8月12日). 2020年8月17日閲覧。 表話編歴 野球日本代表 - 2000年日米大学野球選手権大会監督 内田俊雄 コーチ 伊藤義博 松岡憲治 投手 12 和田毅 14 石川雅規 15 吉見祐治 16 山村路直 17 山田秋親 19 松井光介 28 新垣渚 29 久保裕也 捕手 20 小山良男 21 石原慶幸 22 阿部慎之助 内野手 1 藤谷大樹 2 木元邦之 3 大須賀允 4 米山学 5 梶原康司 8 松枝久雄 9 阿部真宏 11 鈴木良二 23 田中洋平 外野手 10 佐々木健悟 24 結城充弘 25 藤田和貴 26 廣瀬純 27 肥田高志 Related Articles