西半球安全保障協力研究所
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西半球安全保障協力研究所(にしはんきゅうあんぜんほしょうきょうりょくけんきゅうじょ、Western Hemisphere Institute for Security Cooperation, WHISC, WHINSEC)は、アメリカ陸軍の機関。旧「アメリカ陸軍米州学校」(U.S.Army School of the Americas, SOA)。

概要
1946年、在パナマのアメリカ南方軍本部内にSOAとして置かれる。とくにキューバ革命をみて、1963年に反左派革命のための機関として再編、中南米各国から派遣された軍人、警察官、親米ゲリラに拷問技術・尋問法、ゲリラ戦、テロ対策、治安維持、反乱やデモの鎮圧方法などの教育を施し、西半球すなわち中央アメリカ、南アメリカで親米軍事政権・独裁政権の支援と、「反米」左翼政権の転覆を支援した。予算の多くはアメリカ国防総省の予算から出された[1]。“修了者”たちは「反米」運動・レジスタンス運動の有力指導者の暗殺に関わったとされ、SOAも“School of Assassin”(暗殺学校)と蔑まれた。1993年にはニューズウィーク誌でSOAは「独裁者の学校」「クーデター学校」と呼ばれ、中南米ばかりかアメリカ国内でも批判が出ている[1]。修了者の中にはクーデターで政権を握ったり、軍事独裁政権の元首となったものも多い[1]。ただし、卒業後に反米路線に転じた者もいる。
2001年1月、ラテンアメリカ諸国の軍幹部に訓練を施す名目で、ジョージア州フォート・ベニング[注釈 1]に移転、機関名も改められた。公式の目的は「民主主義的価値観、人権の尊重およびアメリカ的習慣と伝統の普及」であり、研修受講生は「人権、法の支配、デュー・プロセス・オブ・ロー、軍隊の文民統制、民主主義社会における軍隊」について8時間受講する事になっている。
なお、「研究所」と改称しただけで、その存在目的や内容実態はSOA当時と全く変わっていないとされている。
著名な出身者
| 国 | 卒業者 |
|---|---|
| レオポルド・ガルティエリ、ロベルト・エドゥアルド・ビオラ | |
| ウーゴ・バンセル・スアレス、ルイス・アルセ・ゴメス | |
| ラウル・イトゥリアガ、マヌエル・コントレーラス | |
| エリアス・ウェッシン・イ・ウェッシン | |
| ギレルモ・ロドリゲス | |
| ロベルト・ダウブイソン | |
| マルコ・アントニオ・ヨン・ソーサ[2] | |
| オマール・トリホス、マヌエル・ノリエガ | |
| フアン・ベラスコ・アルバラード、ブラディミロ・モンテシノス |