粟山ひで
日本の政治家 (1907-1996)
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来歴

北海道[3]空知郡歌志内町(現・歌志内市)出身[2][注釈 1]。生家は内科医であった[5]。10歳の時、伊達郡桑折町に移る[5]。福島県立福島高等女学校(現:福島県立橘高等学校)卒業後[6]、日本女子大学で学ぶ[6]。その後は義父の粟山博の秘書を務める[6]。1959年義父が死去。
翌1960年の第29回衆議院議員総選挙で福島1区から自民党公認で立候補するが、次点に終わる[7]。次の1963年の第30回衆議院議員総選挙で立候補して初当選し、以来連続4期務める[3]。この間厚生政務次官、科学技術政務次官、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員長などを歴任し[3][6]、党内では総務、婦人局長、全国組織委員会副委員長などを務めた[6]。
1976年の第34回衆議院議員総選挙には立候補せず、地盤を弟の明に譲った。1978年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、宝冠章を受章する[8]。