粟田人上

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粟田 人上(あわた の ひとかみ)は、奈良時代貴族官位従四位下武蔵守

和銅7年(714年従六位下から四階昇進して従五位下叙爵。父・真人が没した翌年の養老4年(720年)従五位上に叙せられる。

神亀元年(724年聖武天皇の即位に伴って正五位下に昇叙、神亀6年(729年)正五位上、天平7年(735年)従四位下に至る。この間の天平4年(732年平城京薬師寺造営のために造薬師寺司が置かれると造薬師寺大夫に任ぜられたほか、武蔵守も務めている。天平2年(730年)1月13日に大宰帥大伴旅人の邸宅で催された宴会に際して和歌を詠んだ大宰少弐粟田大夫[1]にも比定される。

天平10年(738年)6月1日卒去。最終官位は武蔵守従四位下。

官歴

脚注

参考文献

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