糸島市立前原小学校
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前原尋常小学校
前原尋常高等小学校
前原国民学校
前原町立前原小学校
前原市立前原小学校
前原尋常小学校泊分校
前原尋常小学校西原分教室
前原尋常小学校泊分教場
| 糸島市立前原小学校 | |
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北緯33度33分42.47秒 東経130度12分11.66秒 / 北緯33.5617972度 東経130.2032389度座標: 北緯33度33分42.47秒 東経130度12分11.66秒 / 北緯33.5617972度 東経130.2032389度 | |
| 過去の名称 |
前原小学校 前原尋常小学校 前原尋常高等小学校 前原国民学校 前原町立前原小学校 前原市立前原小学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 糸島市 |
| 併合学校 |
泊小学校 前原尋常小学校泊分校 前原尋常小学校西原分教室 前原尋常小学校泊分教場 |
| 設立年月日 | 1874年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 分校 |
泊分校(1887年廃止) 1882年 - 1887年 西原分教室(1892年廃止) 1888年 - 1892年 泊分教場(1900年廃止) 1896年 - 1900年 |
| 学期 | 2学期制 |
| 学校コード | B140223000014 |
| 所在地 |
〒819-1119 福岡県糸島市前原東二丁目2番6号 |
| 外部リンク | 公式サイト |
学校創立から本分校2校体制
1872年(明治5年)に学制が発せられると、前原村では1874年(明治7年)に前原東にある旧福岡藩の茶館を校舎に充て、前原小学校を開校[1]。これが当校の起源となる[1]。近隣の浦志村、新田村、荻浦村、大浦村の児童も受け入れた[2]。
その後児童が増加し校舎が逼迫したため、1880年(明治13年)に校舎の増築に着手、翌1881年(明治14年)3月27日に落成した[2]。1882年(明治15年)には泊村の泊小学校を統合すると共に、校舎を更に1棟増築し児童の増加に対処した[2]。しかし泊村からは比較的距離があり低学年は通学に容易でないことから、同年5月、同村に分校を置いた[3]。
1886年(明治19年)9月には小学校令の施行にともない、校名を「前原尋常小学校」と改め、尋常科を第一年級から第四年級までの4年制とし、1学年1学級の4学級編成とした[4]。また新たに1年制の簡易科を設置した[4]。
1887年(明治20年)2月、泊村の通学事情を考慮し設置した泊分校を廃止し、本校に統合した[4]。しかし翌1888年(明治21年)10月に再度、泊村字西原に分教室(西原分教室)として開設する[4]。今度は簡易科1年、2年の2学級とし、3年生以上は本校の尋常科へ通学することとした[4]。
1890年(明治23年)には改正小学校令が公布されて簡易科が廃止されることとなり、1892年(明治25年)4月をもって本校の簡易科、ならびに簡易科からなる西原分教室を廃止した[4]。同時に雷山村の大字多久(現在の糸島市多久)と大字篠原(現在の糸島市篠原)の児童を引き受けた[4]。
1896年(明治29年)5月、泊地区に3度目の分教場(泊分教場)を開設し、1年生と子守を担う者(特待生)を対象に1学級編成で授業を始めた[4]。このころから本校では、就学義務を命じるにつれて児童は増え続け、校舎が手狭となったため、ひとまず1892年から行っていた雷山村児童の引き受け(委託教育)を1898年(明治31年)3月をもって辞め、校舎の改築に乗り出すこととした[5]。1900年(明治33年)1月に児童を第一糸島高等小学校の教室に移し、改築工事に着手[6]。同年7月19日の竣工をもって児童を新校舎へ収容し、これを機に泊分教場を廃して全児童340人余を新校舎に集約した[6]。また竣工に際し開校式を挙げた[6]。
校舎の拡張と高等科の開設
1907年(明治40年)の小学校令改正で修業年限の延長(4年から6年)を受け、当校は翌1908年(明治41年)4月に講堂を教室に2分して教室数を増やすとともに、1909年(明治42年)9月には将来的な校舎の拡張を見据えて、8畝5歩(≒ 809.92 m2)の敷地を購入した[6]。
年表
- 1874年(明治7年) - 旧福岡藩茶館を校舎に充て、前原小学校として開校[7]。
- 1882年(明治15年) - 泊小学校を統合[1]。泊分校を開設[1]。
- 1886年(明治19年) - 前原尋常小学校に改称[7]。
- 1911年(明治44年) - 高等科を開設し前原尋常高等小学校に改称[1]。
- 1941年(昭和16年) - 国民学校令施行により前原国民学校に改称[7]。
- 1947年(昭和22年) - 学制改革により前原小学校に改称[7]。
- 1950年(昭和25年) - 校歌を制定[1]。
- 1956年(昭和31年) - 前原東二丁目の現在地へ移転[8]。
- 1967年(昭和42年) - 自転車安全乗り方コンクール全国大会で2位に入賞[1]。
- 1969年(昭和44年) - 特殊学級を開設[1]。
- 1983年(昭和58年) - 前原南小学校が分離開校[7]。
- 1992年(平成4年)10月1日 - 前原町の市制施行により前原市立前原小学校に改称[1]。
- 2000年(平成12年) - 南風小学校が分離開校[7]。
- 2003年(平成15年) - 文部科学省より総合的な学習モデル事業の指定を受ける[1]。
- 2006年(平成18年) - 東風小学校が分離開校[7]。
- 2010年(平成22年)1月1日 - 市町合併により糸島市立前原小学校に改称[7]。
教育目標
目標をもって挑戦する自他を認め合い、支え合う子どもの育成[9]
校歌
作詞:岡本福五郎、作曲:山崎一巳[10]
通学区域
糸島市のうち次の区域が対象[11]。
- 浦志西、浦志南、油比、新田、上町中央、上新町、前原東町、北本町、南本町、前原西町、北新地、筒井町
進学先の中学校
加布里小学校、南風小学校と共に糸島市立前原西中学校が進学先に指定されている[11]。
アクセス
- 昭和自動車「前原コミュニティセンター前」停留所から徒歩1分
著名な出身者
- 上田百寧 - やり投げ選手
