紀俊忠
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男爵・今園国映の二男として生まれ、男爵・紀俊秀の養子となる[1][3]。養父の死去に伴い、1940年(昭和15年)11月1日、男爵を襲爵した[1][3][4]。
1917年(大正6年)京都帝国大学理工科大学機械科を卒業[2][3][5]。三井鉱山に入社[2][3][5]。1936年(昭和11年)石炭液化工業の視察のためドイツに出張[5]。1937年(昭和12年)満州合成燃料錦州工場の設計・建設に従事[5]。1942年(昭和17年)朝鮮飛行機製作所長に就任[2][5]。1944年(昭和19年)日本人造石油取締役に出向した[2][5]。
1946年(昭和21年)5月11日、貴族院議員補欠選挙で当選して貴族院男爵議員に就任し[6]、公正会に属して1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。墓所は多磨霊園[7]。