紅景子 From Wikipedia, the free encyclopedia 本名 松山 貴美子生年月日 (1949-10-27) 1949年10月27日(76歳)出生地 日本・京都府出身地 日本・大阪府くれない けいこ紅 景子本名 松山 貴美子生年月日 (1949-10-27) 1949年10月27日(76歳)出生地 日本・京都府出身地 日本・大阪府職業 女優ジャンル テレビドラマ、舞台配偶者 松山政路著名な家族 松山愛佳(次女)主な作品 テレビドラマ『おらんだ左近事件帖』『黒帯風雲録 柔』『ロボット刑事』 テンプレートを表示 紅 景子(くれない けいこ、1949年10月27日[1] - )は、日本の元俳優。本名、松山 貴美子 。旧姓名、中西 貴美子[1][2][3]。 大阪府出身[3](出生は京都府[1])。明浄学院高等学校中退[1][2][3]。 中学時代に見たNHK大河ドラマ『花の生涯』に出演していた女優の淡島千景の演技に感動し、高校を2年で中退して淡島の内弟子となる[1][4]。淡島には弟子入りの手紙を出したが返事がなかったため、アルバイトの賃金をもって淡島邸を訪れ一度は追い返されるが、淡島の付き人を通じて弟子入りを認められた[5][注釈 1]。芸名は淡島によって命名された[2]。 1968年、大阪新歌舞伎座の舞台『朝の雪』でデビュー[1][2]。その後も舞台を中心に活動するが、1971年、『おらんだ左近事件帖』(フジテレビ)でテレビドラマに初レギュラー出演[1][2]。 以後も『黒帯風雲録 柔』(日本テレビ)、『赤ひげ』(NHK)などの時代劇を中心に活動する[4]。『赤ひげ』出演当時のインタビュー記事では「スタジオドラマは初めてなので緊張しましたが、最近になり慣れました」と述べている[5]。そのほか、石ノ森章太郎原作で東映制作の特撮テレビドラマ『ロボット刑事』(フジテレビ)にレギュラー出演した。1975年には、芸術座の舞台『たぬき』で山田五十鈴と共演している[4]。 1976年の舞台『花は花よめ』の共演がきっかけで、1977年11月に俳優の松山政路と結婚[6]。結婚と同時に芸能界を引退[7]。次女は元俳優の松山愛佳。また、自身の闘病経験を活かした講演活動を全国各地で行っている。 出演 テレビドラマ おらんだ左近事件帖(1971年 - 1972年、CX)- お春 黒帯風雲録 柔(1972年、NTV)- 妙 赤ひげ(1972年、NHK)- お雪 ロボット刑事(1973年、CX)- 芝奈美 明日殺られる(1973年、MBS) 白い影(1973年、TBS)- 川合友子 太陽にほえろ! 第56話「その灯を消すな!」(1973年、NTV) - 関口京子 ぶらり信兵衛 道場破り(1973年 - 1974年、CX)- おきみ 江戸を斬る 梓右近隠密帳 第18話「大奥に挑む」(1974年、TBS) - おしの 京で上りの夢の旅(1974年、NHK) くるくるくるり(1974年、NTV) - 三木鈴子 ご存じ金さん捕物帳(1974年 - 1975年、NET)- おみち 編笠十兵衛(1974年 - 1975年、CX)- おたま 影同心シリーズ(MBS / 東映) 影同心 第1話「夜霧の殺し節」(1975年) - おあき 影同心 第21話「牢屋は極楽殺し節」(1975年) - おすみ 非情のライセンス 第2シリーズ 第31話「兇悪のプレゼント」(1975年、NET) あなただけ今晩は(1975年、CX) 十手無用 九丁堀事件帖 第4話「私は見た」(1975年、NTV) 破れ傘刀舟悪人狩り 第88話「百年目の逃亡者」(1976年、NET) - 野村美和 桃太郎侍 第17話「非情十手と人情豆腐」(1977年、NTV)- おふじ 遠山の金さん 第76話「誘拐身代二千両」(1977年、NET)-お波 同心部屋御用帳 江戸の旋風III 第8話「危うし城之介!!」(1977年、CX) 水戸黄門 第8部 第9話「人情しだれ柳 -岡崎-」(1977年、TBS)- お初 伝七捕物帳 第157話「長屋に咲いた夫婦花」(1977年、NTV)- お安 舞台 朝の雪(1968年、大阪新歌舞伎座) たぬき(1975年、芸術座) 寺田屋お登勢 花は花よめ(1976年、明治座) 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 1971年の紹介記事では、淡島に「高校卒業まで」と諭され一旦帰宅したが、半年後に再度上京して弟子入りしたとされている[2]。 出典 1 2 3 4 5 6 7 『福島民報』 1972年10月19日付朝刊、7面。 1 2 3 4 5 6 『河北新報』 1971年10月2日付朝刊、10面。 1 2 3 『日本タレント名鑑 '75』VIPタイムズ社、1975年、193頁。 1 2 3 『福島民報』 1975年10月22日付夕刊2面。 1 2 『福島民報』 1973年1月10日付朝刊、5面。 ↑ 『日本映画人名事典 男優編<下巻>』キネマ旬報社、1996年、656頁。ISBN 978-4873761893。 ↑ 『日刊スポーツ』1977年11月22日付15面。 Related Articles