紙の上で兵法を談ずるということである。そしてそれは理論ばかりが語られて、実践には役には立たないようなもののことである[1]。
春秋戦国時代の中国の趙という国に趙奢という武将がいた。この趙奢は兵法に通じていたために、趙の兵隊を率いて秦と戦った際には奇策を用いて何度も勝利をすることができたために国王に重宝されていた。趙奢には趙括という息子がおり、趙括は幼い頃から兵法を学んでいたために、布陣などの弁舌をふるっていた。だが趙奢はこれを書物の鵜呑みであり実践をしていないために実際には役に立たないだろうとしていた。後に趙の王が趙括を将軍にしようとしていたのだが、この時に趙括の母が王のもとに行き反対をしていたのだが、王はそれを聞き入れなかった。そして趙括は軍を率いて秦と戦ったのだが敗れてしまい、趙括は秦の軍に殺害されてしまった。このように理論ばかりで実践では役に立たないようなもののことのことを紙上談兵として語り継がれる[2]。