紙人形春の囁き
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴・概要
関東大震災以前、日活向島撮影所で助監督であった時代に師事した田中栄三のオリジナル脚本を溝口健二が監督した作品である。田中栄三がかつて1922年(大正11年)に向島で監督し、「革新的映画」と呼ばれた『京屋襟店』の美術デザイナー・亀原嘉明が、当時向島のグラスステージに店舗のセットを設計・構築した[6]のと同様に、亀原は日活大将軍撮影所の大ステージに家を一軒構築した[5]。
本作は、1926年(大正15年)2月28日、日活本社の配給により浅草公園六区の三友館を皮切りに全国公開された[3][5]。同年のキネマ旬報ベストテンで第7位を獲得する評価を得[5]、山本嘉一の娘役で出演した梅村蓉子の出世作となった[4]。本作で「相撲取」役で出演している根岸東一郎は、2年後の1928年(昭和3年)、牧野省三が監督した『雷電』では、大関・雷電爲右エ門役で主演しており、同年、映画監督にもなった[7]。
本作の上映用プリント、ネガ原版等は、いずれも東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されておらず[8]、いずれもマツダ映画社の「主な所蔵リスト」には掲載されていない[9]。現在、鑑賞することのできない作品である[2]。
あらすじ
両国の糸屋の娘・お種は、象牙細工屋の息子・純夫と恋人同士になる。純夫がパリへ留学した後、お種は自分の妊娠に気づく。占いの結果では「大凶」と出たものの、お種は帰国した純夫と結婚する。だが、お種の父・半兵衛が急死し、純夫の実家も倒産する。またお種の出産後、純夫も病で死ぬ。