足羽郡下六条村の百姓、竹下久次郎の長女として生まれ、福井市呉服町の雑貨店、細井万次郎に嫁ぐ。34歳の頃、器用さと聡明さを見込まれ、敦賀県(現福井県)の官費伝修生として京都府織工場に研修に行く。敦賀県の廃止に伴い、1年未満で帰国を余儀なくされる[1]。
明治10年(1877年)、事業家の酒井功が福井市毛矢町に福井織工会社を設立した際、細井は織工講師として迎えられ、習得したバッタン機の操作方法の教育を始める[2]。
教育の結果、職工の腕と品質が向上し、明治14年(1881年)に開かれた第二回内国勧業博覧会において、同社が出品した越前傘地と越前ハンカチーフが優秀賞を獲得する[3]。