細川温子
日本の首相夫人
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経歴
1936年(昭和11年)3月、女子学習院を卒業。1937年(昭和12年)4月、木戸幸一夫妻の媒酌で、京都帝国大学大学院在学中の細川護貞と結婚[5][6]。このとき行われた仮装パーティで近衛文麿はヒトラーに扮したが、その写真が市中に出回って話題となり、木戸幸一は「つまらんものになったな」と呟いたとされる[7]。
21歳で結核に罹患し、1年余りの闘病生活を経て[4]、二児を遺し早世した。夫・細川護貞は、「明るく現代的な人だけに突然、結核で亡くなったときには非常なショックを受けた。温子との結婚生活はわずかに4年しかなかった」[8]と回想している。墓所は南禅寺天授庵。
温子の死後、護貞は、旧熊本藩筆頭家老であった松井家から、松井明之の長女・薫子(1925年 - 2006年)を後妻に迎え、薫子との間に千明子(表千家14代千宗左夫人)を儲けた。