綾香造酒太郎

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綾香 造酒太郎(あやか みきたろう、元治元年〈1864年11月24日 - 没年不詳)は、長崎県北松浦郡中野村漁業家明治25年(1892年)の暴風雨に際し、遭難した漁夫を断崖絶壁から救出した功績により、明治26年(1893年)に紅綬褒章を受章した [1][2]

綾香造酒太郎は、長崎県北松浦郡中野村(現平戸市)で先代弁蔵の次男として生まれ、家業である漁業に従事した。幼少より漁業を学び、水泳にも優れ、14歳で一人前の漁師と認められた。剛毅で任侠心が厚く、同情心に富んだ人物として知られた[1]

明治25年11月23日玄界灘が暴風雨に襲われた際、同村白江沖で広島県安芸郡瀬戸島村の漁夫らが乗る漁船が難破した。遭難者は約20尋(約36m)断崖の下の岩角にしがみついたが、満潮により命の危険にさらされた。村人らは救助策を協議し、網で人を吊り下げる方法を決めたものの、断崖を降りる者はいなかった[1]

遭難者の1人が波に誘われると、すぐに造酒太郎が意を決して自ら下り役を申し出て綱を身体に巻きつけ、荒波に面した断崖を降下した。さらに黒谷八之助、綾香伊作が補助に加わり、遭難者3名を順次吊り上げて救出することに成功した。救助されたのは貝田屋小次郎ら3名で、彼らは手厚く保護され故郷に送り返された[1]。 この勇敢な行為により、綾香造酒太郎は明治26年(1893年10月2日に紅綬褒章を授与され、その功績が広く称えられた [3]

参考文献

脚注

外部リンク

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