縄文杉
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年齢推定
1976年、九州大学工学部の真鍋大覚助教授により、周囲の樹木の年輪測定、幹周の大きさなどから、樹齢7,000年以上と推定され話題になった。しかし、その後の調査で古木の周囲を2~3本程度の若い木が融合して包み込んでいる合体木である可能性が浮上し、外側の若い木の部分の年代測定では樹齢約2,700年と判定された(芯部の古木は樹体保護のため未調査)[3]。学習院大学の木越教授の放射性炭素測定法での調査では、1920プラスマイナス150年前後、つまり最大でも2170年という数字になった[4]。ただし、鹿児島大学農学部の林助教授が縄文杉のパーオキシダーゼをアイソザイム分析した結果、縄文杉は合体木ではなく一つの木であることが証明されたとしている[4]。また、調査によって倒木更新の痕跡も発見されている。
また約7,300年前[5]に鬼界カルデラから広がった幸屋火砕流によって、屋久島を含む九州南部諸島の大型植物は全滅したと考えられており、前述の倒木更新をもっとも古く幸屋火砕流により倒れた杉の上に立った次代の杉によるものと考えても、被害をうけてから1000年近くは杉が生長することが出来なかっただろうという推測から、推定樹齢4000年から多くても5000年でそれ以上はさかのぼらないだろうとするのが定説になっている[4]。一方で、後代に持ち込まれた記録の無いヤクシマザルなどの大型動物が現存していることから、屋久島全体が火砕流に飲み込まれたのではなく一部の動植物は生き延びたのではないかとする意見もある[3]。
アクセス
縄文杉を見るためには8-10時間程の登山を行う必要があるが、保護のため十数メートル離れた木製のデッキから鑑賞しなければならず、杉の周りには立ち入ることはできない。
データ
- 幹周:16.4m
- 樹高:30m
- 樹齢:推定3,000年以上(2,500年説もあり)
