師管区は従来の師管を改称したもので、地域防衛の担当地域であると同時に、徴兵・補充の単位となる地域でもある。
咸鏡北道・咸鏡南道には、1941年(昭和16年)11月1日から[1]1943年(昭和18年)7月1日まで[2]、羅南師管が置かれていた。
その後朝鮮に師管はなかったが、1945年(昭和20年)4月1日に師管を師管区に改めたとき、羅南にも師管区が置かれることになった。師管区司令部は既存の留守師団を改称して作ることが多かったが、留守師団がない羅南では司令部が新たに編成され、3月15日がその動員完結日とされた[3]。師管区部隊の補充隊も同様に、新たに動員された。