美古登村 From Wikipedia, the free encyclopedia 廃止日 1942年2月11日廃止理由 新設合併西城町、美古登村 → 西城町現在の自治体 庄原市国 日本みことそん美古登村廃止日 1942年2月11日廃止理由 新設合併西城町、美古登村 → 西城町現在の自治体 庄原市廃止時点のデータ国 日本地方 中国地方(山陽地方)都道府県 広島県郡 比婆郡市町村コード なし(導入前に廃止)総人口 3,903人(国勢調査、1940年)隣接自治体 八鉾村、八幡村、西城町、山内北村、比和町美古登村役場所在地 広島県比婆郡美古登村ウィキプロジェクトテンプレートを表示 美古登村(みことそん)はかつて広島県比婆郡に存在した村である。現在の庄原市西城町中野、西城町大屋、西城町中迫、西城町八鳥、西城町熊野、西城町福山を村域とした。 村のほとんどを山が占め、河川沿いに少し平地が見られる[1]。 最高地点は村の北にある立烏帽子山であり、南と南東に続く尾根は村の境界線を成している[2]。 北に隣接する八鉾村大字油木から油木川が南流し、熊野・中野と八鳥の境を成して、西城町に入る[1]。油木川は西城町以南で西城川と呼ばれる[1]。村の南では平地を形成している[1]。熊野川、目白川、大屋川、内京川がそれぞれ油木川に注いでいる[1]。 歴史 年表 1889年4月 - 町村制施行に際し、奴可郡中野村、大屋村、中迫村、八鳥村、熊野村が合併して奴可郡美古登村が成立する[3]。 1898年10月 - 奴可郡、三上郡、恵蘇郡が合併して比婆郡が成立し、美古登村は比婆郡の所属となる[4]。 1942年2月11日 - 西城町と美古登村が合併して西城町が成立する[5]。 脚注 1 2 3 4 5 日野篤信 1972, p. 96. ↑ 日野篤信 1972, pp. 95–96. ↑ 日野篤信 1972, p. 99. ↑ 日野篤信 1972, p. 50. ↑ 総理府 1976, p. 32. 参考文献 日野篤信 編『比婆郡誌』(復刻版)広島県比婆郡役所、1972年8月(原著1912年11月10日)。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9572991。 総理府 編「あの町この村(広島県・西城町)」『時の動き』第498号、大蔵省印刷局、30–33頁、1976年4月15日。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2783130/16。 この項目は、日本の市区町村に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ:日本の市町村)。表示編集 Related Articles