羽茂城
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歴史
羽茂本間氏は、鎌倉時代にはすでに本家から分家してこの地にいたと思われ、平野部には古くは羽茂郡衙が置かれ条里制遺構も見られる。
羽茂城は、室町時代初期頃に築かれた。羽茂本間氏は領土をめぐり本家筋に当たる雑太(佐和田)本間氏などと抗争を繰り返していたが、天正17年(1589年)、上杉景勝による佐渡攻めで、雑田本間氏、河原田本間氏、羽茂本間氏は、上杉勢に攻撃され羽茂城も落城した。
その後しばらく、羽茂城には上杉家臣の富永備中長綱や黒金安芸尚信らが交代で在番していたが、1598年の上杉氏会津転封後の1600年、関ヶ原の戦いで西軍に属した為米沢30万石に減封となり、佐渡が江戸幕府直轄の天領になると、城も廃された。
