聚楽園仁王像
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- 高さ5.33mの鉄筋モルタル造。
- 聚楽園大仏の完成直後に造られた。
- 建立当時は衣などが鮮やかに彩色されていた。
- 参道、大灯籠、常香炉も同時期の作品。
歴史
山田才吉は愛知県知多郡上野町(現在の東海市)に営んでいた料理旅館「聚楽園」に、天皇陛下(昭和天皇)御成婚記念事業として聚楽園大仏を建立。大仏を建立直後、2体の仁王像も造らせた。施工を担当したのは大仏と同じ山田光吉(やまだみつきち)の山光堂。後藤鍬五郎などが携わった[2]。

1938年(昭和13年)、旅館や大仏を含む聚楽園一体の所有が名古屋市内の会社になった。1983年(昭和58年)、大仏や仁王像などが含まれる境内地が、聚楽園大仏の保存のために立ち上げられた宗教法人・大仏寺(曹洞宗)の所有となった。
2006年(平成18年)に山田才吉の三女・守隨(山田)幾久子の私費により、参道と仁王像の傷んだ箇所の修繕が行われた。2020年(令和2年)に東海市により聚楽園大仏と仁王像の学術調査が行われ報告書がまとめられた。2021年(令和3年)に「聚楽園大仏及び仁王像」として東海市市指定有形文化財(市指定建造物)になった[3]。
交通アクセス
名鉄常滑線聚楽園駅から徒歩5分。

