能美村
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能美村(のみむら)は、かつて富山県東礪波郡にあった村。村名は中世期の能美郷から名を採用した[2]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、礪波郡北野村、北野新村、東西原村、西明村、細野村、蓑谷村、正谷村及び是安村の区域の一部の区域をもって、礪波郡能美村が発足する。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制の施行のため、礪波郡が分割して、東礪波郡が発足により、東礪波郡に所属となる。
- 1898年(明治31年)8月26日 - 東礪波郡能美村を分割して、次のとおり。
- 大字北野及び大字北野新の区域 → 東礪波郡北野村が発足する。
- 大字蓑谷、大字細野、大字西明、大字東西原及び大字正谷の区域 → 東礪波郡蓑谷村が発足する。
- 分村したのは、村内地区の山田川の水利・土木事業、山地の専用権などで対立して紛争が繰り返されたためである[3]。
出典→[4]
- 北川七次郎(1889年8月3日 - 1892年1月15日)
- 根井仁三郎(1892年2月7日 - 1892年10月20日)
- 広田四郎右ェ門(不詳 - 1892年11月25日)
- 佐々木半四郎(1892年11月26日 - 1893年4月30日)
- 上田伊三郎(不詳 - 1893年5月28日)
- 北川七次郎(1893年5月29日 - 1897年6月28日)
- 鶴見金次郎(1897年6月29日 - 1898年8月25日)
- ↑ 『富山県町村合併誌 上巻』(1961年9月1日、富山県発行)265頁(北野村、蓑谷村の面積を合算)。
- ↑ 『角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)674ページ
- ↑ 『角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)291、674ページ
- ↑ 『富山県町村合併誌 下巻』(1961年9月1日、富山県発行)326頁。