脇信男
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高松市出身。旧制高松中学(現・香川県立高松高等学校)を経て中央大学法学部を卒業。戦後は帰郷し、同郷の成田知巳(後の日本社会党委員長)の秘書を16年間務める。
前市長・三宅徳三郎の1期限りでの引退表明を受け行われた1971年の高松市長選挙に、社会党と共産党の推薦を受け立候補。自身としては3回目の挑戦であったが、当時全国各地で革新自治体が誕生していたことや、保守陣営が分裂したことも手伝い初当選。第14代高松市長となる。
市長就任後は全国初の老人医療費助成制度(70歳以上が対象で所得制限なし)をはじめ、福祉を中心とした諸施策を実施。全国革新市長会の会長を1978年11月から1983年8月まで務める。
当初は社共共闘により市長に当選したが、のちに民社党や公明党の推薦も得て革新・中道の市長として活躍。また5選時には市議会・同志会(自民党系)の支持も取り付けており、「オール与党体制」のもとで6期の任期を全うする。
1997年12月12日、腎不全のため高松市内の病院で死去。78歳。