腰掛 (江戸幕府)
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江戸時代には、裁判のために江戸に来た人を宿泊させ、その訴訟の手伝いや助言をした公事宿があった。腰掛には公事宿の者達が常時詰めており、奉行から訴訟相手への差紙が下付されると、飛脚を仕立てて相手先へ送付した[3]。
審理が行われるさいには腰掛から公事宿に出頭の差紙が届けられ、これを受けて公事宿に逗留している訴訟人が宿の主人とともに出頭して、腰掛で呼び出しを待った[4]。
腰掛で待つ訴人に対して、「公事茶屋」と呼ばれた、お茶や茶漬け、敷物、草履、筆紙などを商う者たちがいた。この公事茶屋も、公事師や公事宿の者と同様、裁判業務に通じていて、訴人に助言をした。公事茶屋は株営業で、冥加として奉行所や腰掛の草取り、掃除などの雑用のほか、腰掛に控えている者の白洲への呼び込みや、差紙を公事宿に届ける使いもした[5]。