腰掛稲荷神社

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位置 北緯35度43分8.6秒 東経139度43分29.2秒 / 北緯35.719056度 東経139.724778度 / 35.719056; 139.724778座標: 北緯35度43分8.6秒 東経139度43分29.2秒 / 北緯35.719056度 東経139.724778度 / 35.719056; 139.724778
主祭神 豊受姫命
創建 不詳
腰掛稲荷神社

鳥居と拝殿
所在地 東京都文京区目白台3-26-1
位置 北緯35度43分8.6秒 東経139度43分29.2秒 / 北緯35.719056度 東経139.724778度 / 35.719056; 139.724778座標: 北緯35度43分8.6秒 東経139度43分29.2秒 / 北緯35.719056度 東経139.724778度 / 35.719056; 139.724778
主祭神 豊受姫命
創建 不詳
別名 目白台稲荷神社
例祭 9月10日
地図
腰掛稲荷神社の位置(東京都区部内)
腰掛稲荷神社
腰掛
稲荷神社
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腰掛稲荷神社(こしかけいなりじんじゃ)は、東京都文京区神社

創建年代は不明である。江戸時代初期は護国寺もなく、辺りを見渡せる見晴らしの良い場所で、座るのに丁度良い大木の切株もあった。ある日、江戸幕府初代将軍徳川家康か第3代将軍徳川家光鷹狩に当地を訪れ、この切株に腰掛けて、景色を絶賛した。そして稲荷の小祠を拝して立ち去ったという。幕府は、この場所が「将軍の縁の地」となったことから、切株を竹矢来で囲み、不敬行為を防いだという[1]

その後、切株は完全に朽ち果ててしまった。そのため近隣の村人が、この由来を後世に伝えるべく、稲荷の小祠を「腰掛稲荷神社」として整備した。その頃は修験道当山派修験者が管理していた[1]

1931年昭和6年)に専任神職を置き、社務所を設けた。この社務所は松岡映丘の画室を移築したものである[1]

交通アクセス

氏子地域

脚注

参考文献

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