腰物奉行 From Wikipedia, the free encyclopedia 腰物奉行(こしものぶぎょう)は、江戸幕府における職名の1つ。御腰物奉行とも書かれる。古くは御腰物頭・御腰物番頭と呼ばれた。 将軍の佩刀や装身具、および諸侯から献上された刀剣や、諸侯に下賜する太刀・刀・脇差などの一切を掌る[1]。 若年寄支配で、定員2名。家格が200石から1000石の者が選ばれ、焼火之間詰。配下に組頭(役料100俵)2人、腰物方(200俵高)15 - 16人がおり、他に腰物持と、腰物奉行同心が10人属した[2][1]。 刀の試し斬りも担当したが、実際の試刀は山田浅右衛門に依頼して、死罪と決定された罪人を斬らせることで行った。牢屋奉行などと共に立会い検分をした後、刀の切れ味を将軍に報告した。 試し斬りを拝命して、これを町奉行に伝え、協議して日時を決める。斬首の執行はすべて牢屋敷に行なわれた[3]。 沿革 承応2年(1653年)10月15日に押田三次郎がこの職に就いたのが始まり[2]。 寛文6年(1666年)には役料400俵であったが、天和2年(1682年)に廃止。享保8年(1723年)700石高の職となる[2]。 元禄14年(1701年)、腰物頭は腰物奉行に、それまで腰物奉行と呼ばれていた職務は腰物方に、それぞれ改称[2][4]。 慶応2年(1866年)に、腰物方とともに腰物奉行は廃職となり、その職務は納戸方が兼務することとなった[2]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 出典 1 2 安藤雄一郎 丹野顯 加唐亜紀『江戸の武士』 廣済堂、98頁。 1 2 3 4 5 川口謙二、池田孝、池田政弘『江戸時代奉行職事典』東京美術選書、36頁。川口謙二、池田孝、池田政弘『江戸時代役職事典』東京美術選書、182頁。 ↑ 横倉辰次 『江戸牢獄・拷問実記』 雄山閣、61頁。 ↑ 藤井讓治『江戸時代の官僚制』法藏館、182頁。 参考文献 安藤雄一郎 丹野顯 加唐亜紀 『江戸の武士 仕事と暮らし大図鑑』廣済堂 ISBN 978-4-331-80357-8 川口謙二、池田孝、池田政弘『江戸時代奉行職事典』東京美術選書 1983年 ISBN 4-8087-0139-1 川口謙二、池田孝、池田政弘『江戸時代役職事典』東京美術選書 1981年 ISBN 4-8087-0018-2 藤井讓治『江戸時代の官僚制』法藏館 ISBN 978-4-8318-2652-7 2023.9 横倉辰次 『江戸牢獄・拷問実記』 雄山閣 ISBN 4-639-01812-6 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles