膳所神社

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 滋賀県大津市膳所1丁目14-14
位置 北緯34度59分40.9秒 東経135度53分23.8秒 / 北緯34.994694度 東経135.889944度 / 34.994694; 135.889944 (膳所神社)座標: 北緯34度59分40.9秒 東経135度53分23.8秒 / 北緯34.994694度 東経135.889944度 / 34.994694; 135.889944 (膳所神社)
主祭神 豊受比売命
膳所神社

拝殿
所在地 滋賀県大津市膳所1丁目14-14
位置 北緯34度59分40.9秒 東経135度53分23.8秒 / 北緯34.994694度 東経135.889944度 / 34.994694; 135.889944 (膳所神社)座標: 北緯34度59分40.9秒 東経135度53分23.8秒 / 北緯34.994694度 東経135.889944度 / 34.994694; 135.889944 (膳所神社)
主祭神 豊受比売命
社格県社
創建 伝・天武天皇6年(677年
本殿の様式 一間社流造
例祭 5月3日
地図
膳所神社の位置(滋賀県内)
膳所神社
膳所神社
テンプレートを表示
表門
中門

膳所神社(ぜぜじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社。旧社格県社

歴史

社伝によると、天智天皇によって大津宮に遷都が行われた際に、この地は御厨地と定められた。その後、天武天皇6年(677年)に大和国より御食津神を奉遷し、大膳職の御厨神としたのが当社の始まりであるという[1]

慶長年間(1596年 - 1615年)に至り豊臣秀吉北政所大政所豊臣秀頼徳川家康が当社を厚く尊信し、種々の神器の寄進があった[2][3]。また、東山天皇より膳所大明神の名を賜っている[3]

慶長6年(1601年)に当社の東に膳所城が築城されて付近一帯が膳所藩の所領となると、藩主の本多氏によって厚い信仰を受けて社領や社殿の寄進、造営が度々行われている[1][3]

明治時代になると県社に列せられている。

境内

  • 本殿 - 一間社流造
  • 幣殿
  • 中門
  • 拝殿
  • 北門 - もとは膳所城の門[1]
  • 南門
  • 土蔵
  • 社務所
  • 表門(重要文化財) - 薬医門。1870年明治3年)に廃城となった膳所城から移築したもの[2]明暦元年(1655年)の築でもとは膳所城の本丸と二の丸の間にあったとされる。また、大津城の材木の転用であるとみられる[4]

摂末社

文化財

重要文化財

  • 表門

祭事

  • 例祭 - 5月3日

所在地

  • 滋賀県大津市膳所1丁目14-14

アクセス

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI