臨時帝国議会事務局

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臨時帝国議会事務局(りんじていこくぎかいじむきょく)は、1889年(明治22年)から1890年(明治23年)にかけて、帝国議会の開設準備活動を行った日本の政府機関。

臨時帝国議会事務局設置ノ件(明治22年10月14日勅令第113号)に基づき、1889年に内閣に臨時帝国議会事務局が設置された。総裁1名、書記官10名と試補から構成された。 総裁は、法制局長官の井上毅が兼務した[1]。当初、枢密院議長であった伊藤博文は、河野敏鎌を総裁に充てることを想定して金子堅太郎に相談したが、大日本帝国憲法の起草主任者であった金子が、臨時帝国議会事務局官制を作成した井上を推したところ、そのようになったという[2]。書記官には曾禰荒助山脇玄小池靖一渡邊廉吉水野遵矢代操中根重一穂積八束小島龍太郎林田龜太郎が任じられ[3]、試補には龜井英三郎永井久満次有賀長文町田重備吉原三郎が、属には小島傅次郎増野喬定三宅錫之助が任じられた。

議院規則の調査・立案を行い、成案を得ると[4]、1890年8月に井上は「臨時帝国議会事務局報告書」[5][6]山県有朋内閣総理大臣に提出した。同月25日の臨時帝国議会事務局廃止ノ件(明治23年勅令第180号)により、臨時帝国議会事務局は廃止された[7]

臨時帝国議会事務局の書記官や試補だった者の一部は、曾禰荒助が衆議院書記官長に転じるなど[8]貴族院事務局、衆議院事務局でも勤務した。

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