小乗仏教に対する大乗仏教の特徴で、小乗仏教は自ら修行を行うのみであるのに対し、大乗仏教は自ら修行を行なって得た法で他人を強化して導くということである。『三論玄義』での諸仏の二徳とされている事柄である。『選択本願念仏集』においては、乏しい僧である時期に『選択本願念仏集』を閲覧すればそれはほぼ本意であり、その場で他の修行を行わないことにして念仏を行うことにする。それより今日までただ自行化他の念仏とするとある。これは大乗菩薩道修行の全てが自行化他ということである[1]。
自行化他は大乗仏教においての菩薩の初めて悟りを得ようとしたときの誓願を示すものである。上に向かっては菩提を求めて修行を行い、下に向かっては無量の衆生を教化するという誓願である。日蓮による『御書』では、末法に入ってからの今日に仏が唱える題目というのは前代とは異なっており、それは自行化他にわたる南無妙法蓮華経であるとされている[2]。