舎人娘子

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舎人娘子(とねりのおとめ、生没年不詳)は、飛鳥時代の女官・歌人舎人氏出身[1]と考えられる。

大宝2年(702年)、持統上皇三河行幸に従駕[2]した(『万葉集』1-61)。また、舎人親王天武天皇皇子)[3]との相聞歌を贈答している(『万葉集』2-118)。『万葉集』に3首の歌が載る。

  • 大夫がさつ矢手挟み立ち向ひ射る円方は見るにさやけし(万葉集1-61)
「(大宝)二年壬寅、太上天皇(=持統上皇)、三河の国に幸す時の歌」との詞書がある。
  • 嘆きつつ大夫の恋ふれこそ我が結ふ髪のひちてぬれけれ(万葉集2-118)
舎人親王の「ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり」という歌に対する返歌。
  • 大口の真神の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに(万葉集8-1636)
「舎人娘子が雪の歌一首」との詞書がある。

参考文献

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